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エルミート形式・二次形式の直感的解釈

線形代数の世界ではエルミート形式二次形式と呼ばれる形の式がある。

$$ \mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x} $$

ここで$\mathbf{x}$は通常の縦ベクトル、$\mathbf{A}$は正方行列である。
$\mathbf{x}^\ast$は$\mathbf{x}$の随伴(転置して複素共役をとったもの)を表す。

量子力学におけるブラケット記法で演算子を挟み込むやつなんかも中身はこれである。割と色々な場面で出てくる式なのだが、これの直感的解釈について。

内積

以下の式がただの内積を表すのは分かりやすいと思う。

$$\mathbf{x}^\ast \mathbf{x}$$ $$=x_1^\ast x_1 + x_2^\ast x_2 + x_3^\ast x_3 + \ldots$$

内積の定義そのままだ。

一方で二次形式・エルミート形式は分かりづらい。内積の間に行列が挟まっているではないか。

$$\mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x}$$

$\mathbf{A}$が対角行列の場合

簡単な場合として、$\mathbf{A}$が対角行列(対角成分しかない行列)であった場合を考える。

$$\mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x}$$ $$=\left(\begin{array}{c}x_1^\ast & x_2^\ast & x_3^\ast & \ldots \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}A_1 & & & \ldots \\ & A_2 & & \ldots \\ & & A_3 & \ldots \\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}x_1 \\ x_2 \\ x_3 \\ \vdots\end{array}\right)$$ $$=A_1 x_1^\ast x_1 + A_2 x_2^\ast x_2 + A_3 x_3^\ast x_3 + \ldots$$

これは、内積の中の各成分に重みが付いている状況を表している。

あるいは、各成分がどの程度寄与しているかを表していると言っても良いかもしれない。

何かしらの状況を表しているベクトルから何らかのスカラ量を取り出したいというシチュエーションを考えよう。このとき、なんとなくそれぞれの成分が影響する大きさは違いそうだという気はする。 だから係数で何かしらの重みを付けて総和を取ると良い感じになりそうだ、と考えることができる。

$\mathbf{A}$が一般の行列の場合

今度は対角行列ではなく一般の行列の場合を考えよう。

一般の行列ということはつまり、非対角成分が0ではないということだ。

$$=\left(\begin{array}{c}x_1^\ast & x_2^\ast & x_3^\ast & \ldots \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}A_{11} & A_{12} & A_{13} & \ldots \\ A_{21} & A_{22} & A_{23} & \ldots \\ A_{31} & A_{32} & A_{33} & \ldots \\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}x_1 \\ x_2 \\ x_3 \\ \vdots\end{array}\right)$$

このとき、非対角成分が表しているのは異なる成分の相互作用の大きさと考えることができる。

例えば $A_{21}$ という成分は $A_{21}x_1^\ast x_2$ という項になるし、 $A_{13}$ という成分は $A_{13}x_3^\ast x_1$ という項になる。

ベクトルから何らかのスカラ量を取り出すシチュエーションを再び考えると、各成分が全く独立したものなのでなければ、何かしら成分同士の間での相互作用もありそうだという気はするのではないだろうか。二次形式を使えばそれを行列の非対角成分という形で表すことができる。

基底の変換

これは線形代数の基本的な話だが、ベクトルを $(x_1, x_2, \ldots)$ のように数値列で表すのは、あくまで1つの基底を決めた場合における成分表示に過ぎない。基底を変えればまた別の成分表示になる。

2つの基底$(\mathbf{u_1}, \ldots, \mathbf{u_n})$と$(\mathbf{v_1}, \ldots, \mathbf{v_n})$があり、$\mathbf{u_i} = p_{1i}\mathbf{v_1} + \ldots + p_{ni}\mathbf{v_n}$と表せるということにする。

$$\left(\begin{array}{ccc} \mathbf{u_1} & \cdots & \mathbf{u_n} \end{array} \right) = \left(\begin{array}{ccc} \mathbf{v_1} & \cdots & \mathbf{v_n} \end{array} \right) \left(\begin{array}{ccc} p_{11} & \cdots & p_{n1} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ p_{n1} & \cdots & p_{nn} \end{array} \right)$$

あるベクトル$\mathbf{x}$が基底$\mathbf{u}$で表されていて、これを基底$\mathbf{v}$による表示に変換することを考えれば、以下のようになる。

$$\mathbf{x}=\alpha_1 \mathbf{u_1} + \cdots + \alpha_n \mathbf{u_n}$$

$$=\left(\begin{array}{ccc} \mathbf{u_1} & \cdots & \mathbf{u_n} \end{array} \right) \left(\begin{array}{c} \alpha_1 \\ \vdots \\ \alpha_n \end{array} \right)$$

$$=\left(\begin{array}{ccc} \mathbf{v_1} & \cdots & \mathbf{v_n} \end{array} \right) \left(\begin{array}{ccc} p_{11} & \cdots & p_{n1} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ p_{n1} & \cdots & p_{nn} \end{array} \right) \left(\begin{array}{c} \alpha_1 \\ \vdots \\ \alpha_n \end{array} \right)$$

従って基底$\mathbf{u}$での成分表示が \(\left(\begin{array}{c}\alpha_1\\\vdots\\\alpha_n\end{array}\right)\) で表されるとき、基底$\mathbf{v}$での成分表示は、行列$P=(p_{ij})$を用いて \(P\left(\begin{array}{c}\alpha_1\\\vdots\\\alpha_n\end{array}\right)\) で表されることになる。

二次形式において基底の変換を行う場合を考えよう。

基底変換後のベクトルは$\mathbf{Px}$、また行列=線形写像の成分表示は「一度変換してから写像して元に戻す」のように考えれば$\mathbf{PAP^{-1}}$と表せる。

$$(\mathbf{Px})^\ast (\mathbf{PAP^{-1}}) (\mathbf{Px})$$ $$=\mathbf{x}^\ast \mathbf{P}^\ast \mathbf{PAP^{-1}} \mathbf{Px}$$ $$=\mathbf{x}^\ast \mathbf{P}^\ast \mathbf{PA} \mathbf{x}$$

ところでここでは、内積を始めとした「ベクトルからなんらかのスカラ量を取り出す」というシチュエーションを考えていたのだった。ベクトルの成分表示は基底の取り方によって変わるが、ベクトルから取り出される「なんらかのスカラ量」が変わっては困る。座標の向きの取り方次第で長さとか大きさが変わってしまってはおかしい訳だ。

そこで制約を課した変換行列がユニタリ行列である。ユニタリ行列$\mathbf{U}$は以下の性質を満たす。

$$\mathbf{U}^\ast \mathbf{U} = \mathbf{I}$$

基底変換行列$\mathbf{P}$がユニタリ行列であるとすれば

$$=\mathbf{x}^\ast \mathbf{P}^\ast \mathbf{PA} \mathbf{x}$$ $$=\mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x}$$

ユニタリ変換であればこのように、基底の変換をしても二次形式の値が保たれることが分かる。

なお実数の場合、直交行列($\mathbf{A}^T \mathbf{A}=\mathbf{I}$)とユニタリ行列の定義は一致する。

二次形式の実数性とエルミート行列

二次形式の値は「ベクトルから取り出された何らかのスカラ値」ということだった。物理学的に測れるような値をイメージすると、これは実数であって欲しい。

実数であるためには、複素共役が自分自身と一致すればよい。

$$(\mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x})^\ast = \mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x}$$

左辺を計算する。行列の積の随伴は、それぞれの随伴をとって積の順序をひっくり返したものに等しい。

$$(\mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x})^\ast = (\mathbf{x})^\ast (\mathbf{A})^\ast (\mathbf{x}^\ast)^\ast$$

$$=\mathbf{x}^\ast \mathbf{A}^\ast \mathbf{x}$$

元の式に戻すとこうなる。

$$\mathbf{x}^\ast \mathbf{A}^\ast \mathbf{x} = \mathbf{x}^\ast \mathbf{A} \mathbf{x}$$

これが$\mathbf{x}$によらず成り立つということは、$\mathbf{A}^\ast=\mathbf{A}$であって欲しいということになる。これこそがエルミート行列の定義である。

二次形式の間に挟まる行列がエルミート行列であるときにエルミート形式と呼ばれる。つまりエルミート形式とは、最終的な値が実数である保証の付いた複素二次形式なのである。

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